「足利事件でDNA鑑定の精度が低かった」というのは本当か

今日の朝日新聞の1面に
足利事件 DNA鑑定「確度低い」地検、知りつつ追及」
という記事があり、当時の地検や検察のDNA鑑定に対する認識について言及してます。
ネット版における同様の記事は以下。
http://www.asahi.com/national/update/1018/TKY200910180279.html?ref=goo

90年に女児(当時4)が殺害された「足利事件」で、再審開始が決定した菅家利和さん(63)について、宇都宮地検が捜査段階で、DNA型鑑定の確度が低いため「自白」がなければ逮捕できないという方針を警察に示していたことが、朝日新聞が入手した内部資料でわかった。
(中略)
DNA型鑑定の結果が「確率としては1千人に1.244人」と低かったため、
(中略)
 捜査報告書にはまた、DNAの構造に関して「現在では高校の教科書にも出てきているが、26年も前に高校を卒業した検事は学校で学んだことがなく、目下、高校生物の受験参考書を買い求めて悪戦苦闘中」と、知識の浅さを告白するような記述もあった。
(以下略)

ここで疑問。
1000人に1.224人って本当に精度低いんですかね?
はっきり言って、精度が低いとおっしゃっているメディアの方々の中で
この疑問にちゃんと答えられる人ってほとんどいないのではないかと。


実は、この問題はそんなに簡単なものではなく
「警察(もしくは検察)が、犯人の可能性がある人をどの程度まで絞り込んでいたかに依る」
というのが正解です。
もしも、事前に犯行が可能な人を2人にまで絞り込めていたのであれば
当時のDNA鑑定を用いても、DNAが一致したときに菅家利和さんが犯人である確率は99.9%以上なので
極めて信用できる結果と言えます。
それに対し、足利市に住む15万人の人全員に犯行が可能で、誰がやったのか見当がつかない
という状況でDNAが一致しても、菅谷さんが犯人である確率は高々0.66%程度です。


つまり、警察が頑張って捜査を行い
物理的に犯行が可能な人をある程度絞り込んだ上で
最後の決め手としてDNA鑑定を使う分には当時の精度でもそれほど問題なかったわけです。
犯人を10人程度にまで絞り込めていれば、99%以上の確率でDNA鑑定の結果を信用できたので
足利事件の問題点は
「精度の低いDNA鑑定を信頼した」
ことではなく
「犯人を十分に絞り込めていないにもかかわらず、DNA鑑定を使用した」
ことにあるというべきです。


ちなみにこれまで提示してきた確率の計算は
条件付き確率の計算式であるベイズの定理を知っていれば出来ます。
検察がDNA構造について知っていたかどうかなんてことはまったく問題ではなく
確率論をちゃんと理解していたかどうかこそが問題だったわけです。
マスコミには、この点を正確に報道してもらいたいものですが、無理ですよね・・・はあ。


<付録>
上記の確率の計算方法:
1. 鑑定の対象者が犯人であるときDNAが一致する確率=100%
2. 鑑定の対象者が犯人でないときDNAが一致する確率=0.1%(計算を簡単にするため、1000人に1人ということにしてます)
3. 鑑定の対象者が犯人である確率=P%
(警察が犯人を何人までに絞り込めているかに依存する。例えば、2人にまで絞り込めていれば50%、10人まで絞り込めていれば10%です)
これら、3つの確率とベイズの定理を用いることで、次の式が得られます。
4. DNAが一致したとき鑑定の対象者が犯人である確率=1000 × P ÷ ( 9.99 × P + 1 )%
Pに適当な値を代入することで、上記の確率が求められます。